夏川夕の作家生活

歴史と異文化をテーマに小説を書いています。出版賞に挑戦中。

時代背景を知ると面白い! E.R.バロウズ『The Moon Men』の感想&解説

こんにちは。

夏川夕です。

 

エドガー・ライス・バロウズの<月シリーズ>第2巻、『The Moon Men』を読み終えました。話に聞いていたとおり、エンタメ一辺倒のイメージが強いバロウズの作品としてはかなり異色で、読者を楽しませるより、バロウズの主義主張の方に重きを置かれている作品です。第1巻の『The Moon Maid』は、バロウズパターンの裏返しのような物語でしたが、第2巻の『The Moon Men』は、バロウズパターンの<お約束>がほぼ見られない作品になっています。その理由を、物語が書かれた時代背景から考えてみました。

第1巻の感想&解説記事はこちらです。 ↓

natsukawayu88.hatenablog.com

この記事でも、ネタバレをどんどんしていくので、未読の方はご注意くださいね。 

 

 

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 <月シリーズ>第2巻の物語

『The Moon Men』は、史実を知っていると、ちょっとドキッとする始まり方をします。最初に知っておいていただきたいのは、この物語が連載されたのは1925年だということです。

大戦争」と呼ばれる戦争が1967年に終わり、世界の覇権はアメリカとイギリスの手に握られます。戦争の反動で平和を求める世界は、大幅な軍備縮小を進めていきます。各国が軍を持つ代わりに、国際平和艦隊と呼ばれるものが組織されますが、軍隊の訓練をしたり武器を持ったりすることは、忌むべきこととみなされる価値観が育ってゆきます。軍備縮小を進めるあまり、個人が15センチ以上のナイフを持つことさえ違法とされる時代になっていくのですね。

そんな中、『The Moon Maid』の主人公・ジュリアンが、月の王国の生き残りであるナー・イー・ラーを伴って地球に帰還します。そしてそれから数十年後の2050年、月の皇帝を自ら名乗ったオーティス/月世界の名前でオー・ティスが、突如大軍を率いて、月から地球にやって来ます。軍備をほとんど持たない地球は、たちまちオー・ティスに征服されてしまいます。

ジュリアンは国際平和艦隊を率い、オー・ティスを相打ちで倒しますが、月からは毎年700万もの享楽的な月世界人=カルカール人が送り込まれるようになり、世界はカルカール人に支配されてゆきます。その世界には、ジュリアンの子供とオー・ティスの子供もいました。『The Moon Men』は、その子孫たちの物語です。

2120年、『The Moon Maid』のジュリアンの玄孫にあたるジュリアン9世は、アメリカのシカゴにいました。カルカール人はアメリカ社会を完全に支配し、アメリカ人からあらゆるものを搾取します。作物や家畜は税という名目で取り立てられ、美しい女性もカルカール人に連れていかれてしまいます。アメリカ人たちは教育や宗教も禁じられ、抵抗の意志そのものが摘み取られてゆきます。自堕落なカルカール人は、ものを補修したり改善したりという考えがないので、アメリカ人さえその仕組みがわからなくなった電車や車は次々に使えなくなり、各町との通行はほとんど途絶え、ビルは崩れて、アメリカはフロンティア時代に逆戻りした文明レベルになっています。

こんな荒廃した社会で生まれ育ったジュリアン9世が、刷り込まれたカルカール人に対しての恐れを克服し、「アメリカ人」であり「一人の人間」であるという自覚を取り戻していくのが、この『The Moon Men』のメインテーマです。その拠り所になるのは、父親であるジュリアン8世が隠し持つ星条旗星条旗を持つこと自体が重罪になる世界で、ジュリアン家はアメリカへの忠誠と共に、星条旗を子孫へ伝えてきたのです。

世界に対して委縮しきっていたジュリアン9世は、星条旗の存在、宗教の分かち合い、両親や隣人の苦しみをもって、一人の「アメリカ人」として目覚め、カルカール人に抵抗する勇気を獲得します。その過程でジュリアンは美しい妻を得ますが、支配者オー・ティスもまた彼女を望みます。オー・ティスはジュリアンの妻を得るため、またアメリカ人としての自覚を潰すため、ジュリアンや彼の家族を苦しめます。ジュリアンは妻と両親を苦しみから解き放つため、星条旗の元に革命を起こします。

 

『The Moon Men』に見られる、「バロウズじゃない」感

さてこの<月シリーズ>ですが、第1巻の『The Moon Maid』はセルフパロディというか、いつものバロウズパターンを裏返しにしているような構成でした。しかしそのためにかえって、バロウズ節が失われていない物語でもあったのです。ところが第2巻の『The Moon Men』は、<火星シリーズ><ペルシダーシリーズ>で慣れた身からすると、話の運びがどうも「らしくない」感じがして、面白いのですが少なからず戸惑いも感じました。

そのポイントは、大きく言って次の2つです。

①主人公の素性が明らかにされている

②主要人物が死ぬ 

順番に説明していきます。

まず①についてですが、少なくとも<火星シリーズ><ペルシダーシリーズ>では、主人公の素性ははっきりしません。アメリカ人であることは間違いないのですが、両親や兄弟姉妹についての話が一切出てこないのです。<火星シリーズ>のジョン・カーターに至っては、「子供の頃の記憶がない」とまで言い切っています。それが、彼らのヒーローとしての存在感をいや増しているのですね。素性が不明であるというのは、神話にもよく使われている手法で、その人物の神聖さを高める効果があります。

ところが『The Moon Men』の主人公ジュリアン9世は、両親と一緒に暮らし、<子供のころから知っている>人物や風景が頻出します。神格化されていないのです。むしろヤギを飼い、市場に出かけるなど、俗っぽい描写が目立ちます。彼がヒーローらしい働きを初めてするのは、物語の中盤に差し掛かったころで、それまではあえて<普通の青年>として描写しようとする意志さえ感じます。

②もまた、「バロウズらしくない」物語のつくり方です。<火星シリーズ>や<ペルシダーシリーズ>では、どんなにピンチな展開があっても、主要人物が死ぬことは絶対にありません。勧善懲悪の物語とわかっているので、ある意味安心して読めます。

ところが『The Moon Men』では、ジュリアンの友人だろうが両親だろうがどんどん死にます。物語の構成上、それほど必然性がなくても死にます。主要人物が死ぬことによって、アメリカ人がいかにカルカール人に追い詰められた状態なのかわかりますし、悲劇性も高まっていくので、一応物語の構成としてわからなくはありません。しかしバロウズがこういうふうに物語を構成するとは思っていなかったので、これにはかなり驚きました。

もともと、<月シリーズ>3部作は、この『The Moon Men』が最初にあったと言います。でもこの悲劇的な物語では、バロウズのエンタメ性を求めている読者には売れないと出版社が判断し、発表は許されなかったそうです。そこでバロウズは、<この物語を出版するために>、第1巻の『The Moon Maid』を書いたということらしいのです。そういう事情を知ると、『The Moon Maid』がバロウズパターンの裏返しという楽しみ方をできる一方、『The Moon Men』が「らしくない」と感じるのも理解できますね。

 ではなぜ、バロウズは物語を付け足してまで、この『The Moon Men』を出版したかったのでしょうか。その答えは、この物語が書かれた時代背景にあります。

 

『The Moon Men』が書かれた時代背景

 Wikipediaによると、<月シリーズ>第1巻の『The Moon Maid』が連載されたのは、1923年となっています。第1巻は第2巻『The Moon Men』の付け足しですから、バロウズが<月シリーズ>を構想したのは1923年より以前だと考えられます。

では、1923年以前の世界は、どんな世相だったのでしょうか。

まずマークすべきは、1922年の暮れに、共産主義国家の象徴となるソヴィエト連邦が誕生していることです。月世界から地球を侵略しにやって来るカルカール人は、明らかに共産主義を意識して書かれています。赤い旗、労働が報われない社会、土地は国家のものとする制度など、カルカール人がアメリカに打ち立てる社会は、共産主義国家に似た社会です。さらに、地球がカルカール人に征服されるターニングポイントとなったジュリアン5世とオー・ティスの決戦は、「2050年が終わるとき」、つまり年末に起こったと明記されています。アメリカが共産主義に屈服するのを、バロウズはこのようにデフォルメして書いているのです。

1922年には、もう一つ特筆すべきイベントが起きています。ワシントンで行われた軍縮会議です。軍縮というのは、文字通り軍備を縮小することで、アメリカ・イギリス・フランス・イタリア・日本の間で条約を結ぶという形で行われました。この5か国の共通点は、第一次世界大戦戦勝国であるということと、強い海軍を持っている国ということです。

1914年から1918年の間に起きた第一次世界大戦は、世界が初めて体験したかたちの戦争でした。それまで戦争と言えば、ある地域に限定して行われるもので、決戦で勝敗を決めたり、双方が消耗したところで話し合いで解決したりするものだったのですね。ところが科学の発展により、船や車の稼働距離が伸びたり、缶詰が発明され、遠い戦線まで物資を届けることが可能になったりしたために、戦線がどんどん拡大し、遠い国までが条約や同盟によって参加を始めたりで、壮大な規模の戦争になってしまったのです。

第一次世界大戦終結した後も、同じような世界戦争が再び起きるのではないかと考えられていました(そしてそれは、第二次世界大戦というかたちで実現してしまいます)。そこで、戦争が終わってもまだ力が残っている国、つまり第一次世界大戦戦勝国が、次の戦争に備えて、船をつくり始めたのです。当時はまだ飛行機はそれほど距離が飛べず、武器としては実用的でない時代だったので、戦争に投入する機械といえば船でした。そうして船づくり競争が激化していくのですが、船というのは造るのにも費用がかかりますし、また維持費がすごいんですね。船に乗せる船員を育て、動かすための燃料を常に備蓄し、人と船の訓練もしなければなりません。それが次第にどの国の予算も圧迫し始めてしまったので、軍縮会議が行われるに至ったわけです。

バロウズは、どうもこの軍縮が不満だったようです。平和を求めてゆきすぎた軍縮をしたがゆえに、地球は簡単にカルカール人に征服されてしまった、という話の運びにしています。また同時に、<国際平和艦隊>が征服を防ぎきれなかったということで、執筆当時に設立されていた、国際連盟も批判しています。国際連盟とは、第一次世界大戦の後、平和を推奨し、戦争を防止する組織として設立されたものです。アメリカはもともとこの組織には批判的で参加していませんでしたから、バロウズも国家に同調して批判したのかなとも思えます。

 

つまり『The Moon Men』というのは、共産主義国家が生まれる中、軍縮して自ら弱体化していくアメリカと世界に向けてバロウズが書いた、警鐘小説だったと読み取れます。史実としては、物語が書かれて二十年も経たないうちに第二次世界大戦が起きてしまい、軍縮は破棄されます。ソヴィエトはその後崩壊しましたが、共産主義国家・社会主義国家は、今でも資本主義国家と共に世界に存在していますね。執筆当時のソヴィエトの位置にいるのは、中国でしょう。100年も前に書かれたこの小説は、今の世相をさえ反映しているとも言えるのかもしれません。

物語の中では、アメリカ人のジュリアンは共産主義者のカルカール人に対して革命を起こしますが、<のろしを上げた>程度にとどまり、ジュリアン本人は敗北します。そして最終巻の『The Red Hawk』に続くのです。<バロウズパターン>を逸脱した物語が進む先には、なんと日本人もあらわれます。読み終え次第、第3巻の物語もご紹介するのでお楽しみに。

 

 

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