夏川夕の作家生活

歴史と異文化をテーマに小説を書いています。出版賞に挑戦中。

『昔夢会筆記』に見る、「もう一度見たい、あのドラマ」

こんにちは。

夏川夕です。

 

今週のお題】「もう一度見たいドラマ」。時事ネタですが、今回も歴史学で無理やり頑張ります。

 

 

『昔夢会筆記』は、幕末のウラのウラ

「ドラマ」という言葉は、本来、「演劇」という意味ですが、転じて「劇的な事件」を差すこともあります。良くも悪くも世間を騒がせた事件について、誰よりも詳細を知りたいと思うのは、人間の性ですね。

人間の性ということは、つまり、100年前の人も、同じ欲望を持っていたということ。以前、「#名刺がわりの本10選②」でも紹介した、『昔夢会筆記』が、その証拠です。平凡社発刊の『昔夢会筆記』は、副題が『徳川慶喜公回想談』となっています。幕末に慶喜に仕えた渋沢栄一が冒頭文を書いていますが、そこには次のように、『昔夢会筆記』の説明があります。

昔夢会筆記は、徳川慶喜公が予等の問に対えて、その御閲歴を語り給える御談話の筆記なり。

つまりこの『昔夢会筆記』というのは、最後の徳川幕府将軍である徳川慶喜その人に、幕末のあれこれを聞いてしまおう、という会の記録なのですね。明治の終わりごろのことです。幕末時代が40年以上前という計算になります。

この会のミソは、「徳川慶喜公が予等の問に対えて」とあること。徳川慶喜が語りたくて語るのではなく、幕末のアレはなんだったんだろう、という人々が集まって、「アレはどういう事情でしたか」「コレはどういう経緯でしたか」と問いを投げかけるわけです。幕末というのは、誰が敵で誰が味方かも判別しづらい時期でした。わかっているのは、事件のおおよその経緯と結果だけです。昔夢会というのは、そうした事件を事実ベースで知るのではなく、その奥のドラマを、慶喜を通じて掘り起こしていこうという会だったのです。まさに、「もう一度見たい、あのドラマ(そしてウラのウラ)」という会だったのですね。

 

慶喜にとっての「昔夢会」

それでは、慶喜としては、この昔夢会の存在について、どう思っていたのでしょうか。慶喜自身が語っているわけではありませんが、渋沢栄一は、次のように書いています。

公はもとよりその御閲歴を語るをだにも喜ばせ給わず、況や広く世に公にすることをや。故に部数もわずかに二十五を限りて、御伝記の起稿に関係せる者のみに頒つ。 

 慶喜は政治家としての歴史を語るのも喜ばず、ましてや公に知らしめることも好まなかったので、当初、この『昔夢会筆記』は、関係者分の二十五部しか作らなかったと言います。慶喜が亡くなった後で、広く発行したようです。後で紹介しますが、なかなか鋭く遠慮なく切り込んでいく質問もあるので、慶喜としては幕府をつぶした責任を詰問されているようで、面白くない瞬間もあったのでしょうね。ただ、この「昔夢会」の名をつけたのは慶喜自身であるらしいので、語っていて懐かしさに浸る時間も、確かにあったのではないかなと思います。

 

慶喜が幼いころの武勇伝?

『昔夢会筆記』は、慶喜の一人語りのように文語体で語られる部分と、会に集まったメンバーたちとの会話形式の口語体で語られる部分に分かれます。どうやら、当初は語ったことをいちいち文語体に直していたものを、生き生きと記録した方がいいのではないかという案で一度口語体に変えたのですが、そうすると口ごもったことや答えた言葉の一つ一つがそのまま記録されてしまうため、慶喜が嫌ってまた文語体に戻したようです。読んでいて面白いのは断然口語体の部分ですが、文語体は慶喜の子どもの頃の思い出話も含み、それもまた、面白いものです。こんな質問があります。

慶喜が幼いころ、江戸城の女中たちに取り囲まれ、あれこれ声をかけてうるさかったので、幼い慶喜が「予は有栖川宮の孫なるぞ」と言って黙らせたというエピソードがあるが、本当か」

慶喜は、これに対してこんなふうにあっさり答えています。

「そんなことはなかった。ただ、初めて江戸城の大奥を訪れたとき(11歳の子供なので、男子禁制の大奥に入れたのですね)、水戸には老女一人しか置いていなかったので、たくさんの若い女がいるのが異様に感じた。それで部屋に入っていたところ、女たちが2,3人ずつ、かわるがわる挨拶に来るので、いい加減うるさくなって、なんだか悪口みたいなことを言ったのは覚えている」

うわさがいかに伝説になっていくかが見えるようで、面白いエピソードです。

 

「昔夢会」で語られる、幕末のウラ

最後に、口語体の部分から、慶喜が「敵前逃亡した」とされるエピソードをご紹介しましょう。以前の記事でも少し触れましたが、幕末の一番最後、薩長などから成る討幕軍が、京都で明治政府を立て、慶喜がまとめる幕府軍が、大坂城にいたときのできごとです。幕府軍は大坂にいるのですから、さっさと京都へ攻め上って天皇を取り返してしまえばいいのに、慶喜が何もせず江戸へ帰ってしまったために、指導者を失った幕府軍薩長軍に負け、朝敵となってしまったのですね。ここで、幕府の命運が分かれたとする場合もあります。

聞き手が、慶喜に対して以下のように尋ねます。

「……此方(幕府)は一同の家来ども、今は進撃の号令が出るであろうと、勇み立って刀の鯉口を寛げて待っているところが、誰いうとなく、御三方ともにいずれへお出でになったか、御行方が知れぬという騒ぎで、いくら力んでも、首脳なしでは何とも仕方がない。」

……

「是非上様がやれとおっしゃれば、叩き破ってしまうに何でもないのです。……」

「あの時大坂城は御進発になっておらぬですか」

このあたり、少し話が込み入って会話からではわかりにくいのですが、結局のところ、慶喜幕府軍に指令を出さず、大坂城を出て江戸へ帰ってしまったことについて話しているのですね。当時慶喜に仕えていた人に聞いた話や、評論家などの話を織り交ぜて、慶喜本人に、本当のところを尋ねようとしているわけです。

慶喜はこんなふうに答えます。

「私は不快で、その前から風邪を引いて臥せっていた。もういかぬというので、寝衣のままで始終いた。するなら勝手にしろというような少し考えもあった。」

ちょっと捨て鉢になっていたようなことがうかがえます。歴史的には貴重な証言ですね。ただ、本当か嘘かわかりませんが、風邪を引いていたというのが事実なら、タイミングが悪いという意味で、少し気の毒な気もします。

慶喜が、当時大坂城にいたことを確信した聞き手は、更に踏み込みます。

「将軍職はまだお持ちでしたな。」

将軍職を持っていたなら、幕府軍を指揮すべきじゃないか?という意図が含まれているように感じます。この問いに対しては、別の人が回答します。

「御免になったのです。」

当時、慶喜征夷大将軍の職を免じられていたと言います。これは本当のことで、明治政府が起こる1か月前に、慶喜は将軍職を辞職しています。

聞き手は、この回答に納得しています。

「平大名なら、江戸へお帰りなすってもよいわけですな。」

慶喜がそれに答えて、こんなふうに言います。

「名が大切なもので、名が悪いとどうも兵力は振わない。」

ちょっと意図はわかりにくいのですが、将軍職にない自分が幕府を指揮しても、兵は思うようについてこなかったのではないかというふうに読み取れます。つまり、将軍職を返上した時点で、負けが決まっていた戦というわけです。相手が納得したところに踏み込んで、大坂を出たことを正当化しているようにもとれますね。

やや緊迫したムードが伝わってくるような会話です。そのせいか、ここでこの「敵前逃亡」に関する話題は終わり、別の話題へと移っていきます。後世の私たちにしてみれば、聞き手に「そこでもう一歩踏み込んで」などとお願いしたくなってしまいますが、そこはやはり、慶喜本人を前にしては、なかなか難しいのでしょうね。

幕末当時の慶喜の煮え切らない態度に対しても、「そこが日本の大転換点」「そこで踏みとどまってさえいれば」などと思うのですが、慶喜にしてみれば、自分の挙動ひとつで日本を二分する大戦になるわけで、それなのに実質自分はもう将軍ではなく、おまけに風邪を引いている、という状況です。「するなら勝手にしろ」と言いたくなるのも、わかりますよね。

 

『昔夢会筆記』の意義

いかがでしたか?「幕末のウラとか言って、意外と真実はわからないじゃん」と思われたかもしれません。残念ながら、歴史というのは人間がつくるものですから、得てしてそんなものです。慶喜も自分に都合の悪いことを喋りたいとは思わないでしょうし、慶喜がよくても、喋られては困る事実を持つ人もいるはずです。そういったことを前提にして、それでも語られる言葉から、各事実に矛盾のないように、思いたいように思うのが歴史だと私は考えています。

この「昔夢会」の本当の意義は、「幕末のことをもっと知りたい」=「もう一度見たい、あのドラマ」と思った人たちが、明治時代からすでにいて、しかもその調査記録を、聞き取ったままの形で、後世に残してくれたことにあると思います。おそらく、日本が存続し続ける限り、日本というドラマの名シーンとして、幕末は語られ続けるでしょう。その限りなくオリジナルに近い言葉を読める、それが歴史学における、一番のロマンではないでしょうか。

『昔夢会筆記』は幕末の知識がないと少し読みにくい個所もありますが、慶喜の肉声として、貴重ながら大変面白い史料です。少しでも興味のある方は、いきなり全部を読もうとせず、興味のある個所から拾い読みしていくことをお勧めします。

 

 

昔夢会筆記 (東洋文庫)

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  • 発売日: 1966/10/05
  • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
 

 

夏川夕

 

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