夏川夕の作家生活

歴史と異文化をテーマに小説を書いています。出版賞に挑戦中。

タイムトラベルのすすめ

こんにちは。

夏川夕です。

 

タイムトラベルって、人類の夢ですよね。ウェルズの『タイム・マシン』を始め、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『猿の惑星』など、さまざまな物語で取り上げられているテーマです。日本では子供向けの『ドラえもん』でも当たり前に使われています。そんな親しみあるタイムトラベルですが、今のところ、実用化される気配はありません。

しかし、タイムトラベルっぽいことは可能です。必要なものは、想像力と探求心。その実例をご紹介します。

 

 

タイムトラベル旅程

私は何度かタイムトラベル旅行をしているのですが、この記事では「水戸藩の北海道視察旅行」をご紹介します。他の旅行については、別記事で紹介しますね。

徳川幕府が倒れて明治維新となったとき、それまでの地域統治の核だった「藩」がすぐに「都道府県」に変わったわけではありません。明治政府の基盤が固まるまでの数年間、地方の政治媒体は「藩」が続いていました。その間、水戸藩は藩として北海道開拓事業を請け負い、藩主の徳川昭武が現地を視察しています。現地というのは、北海道の北西にある天塩(てしお)という地域です。宗谷岬に近く、本州から向かうと、ほとんど北海道を縦断することになります。水戸藩はこの地域に流れる天塩川で鮭漁を計画し、後々には大々的な開拓を考えていたようです。

北海道を視察旅行した徳川昭武は、筆まめな人でした。彼の手になる『北海道日記』というのものが残っていて、旅程がかなり詳しくわかります。その旅程をたどったのが、この旅行です。では、実際に私が旅した行程をご覧ください。

出発地:水戸

1日目:水戸~仙台~八戸

2日目:八戸~大間フェリーターミナル~函館

3日目:函館見学

4日目:函館~札幌~留萌

5日目:留萌~天塩~小樽

6日目:日本海フェリー(小樽~新潟)

7日目:新潟~松戸

現代でも結構な長行程ですね。水戸藩の人たちは徒歩で移動しているので、水戸から天塩にたどり着くまで、途中休憩も含めて73日間かかっています。現代でそれを再現するのはなかなか難しいため、気持ち徒歩よりということで、原則「ローカル線&バス」で移動しました。

(*数年前の旅行なので、今はローカル線やバスで移動することは難しいかもしれません)

 

タイムトラベルのハイライト

タイムトラベルをするには、想像力と探求心が必要だと書きました。そのために、資料による予習は欠かせません。私は須見裕氏の『徳川昭武 万博殿様一代記』を旅行前に繰り返し読み、旅行中でもことあるごとにページを開いていました。もちろん、昭武が本当に見た景色と、私が実際に見る景色は異なります。しかし、『二十四の瞳』にあるように、「海の色も、山の姿も、そっくりそのまま昨日につづく今日」であり、自然のかたちやその土地の雰囲気は、そう変わっているものではありません。例えば、東北に特有の枯草の草原、白く泡立って灰色の岩に砕ける波、海の向こうにうっすらと見える北海道、目を開けられない強い潮風、こうしたものは、百年前に見られた風景と全く同じなのではないでしょうか。そして、北海道に上陸した瞬間の達成感や、聞き慣れない地名の響きも。

それでは簡単に、この旅行のハイライトをご紹介します。

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手前に鮭漁を計画した天塩川、その奥に利尻富士。昭武は水戸藩の子らしく水泳が得意で、天塩川で泳ぎを楽しんだようです。
◆1日目:水戸

水戸駅のすぐ近くに水戸城跡があります。お城はもう残っていませんが、堀の一部や学問施設である弘道館などは、今でも見られます。朝の、まだ薄暗い中、水戸城跡周辺を軽く散歩し、駅の反対側にある千波湖まで足を延ばしました。私は水戸の生まれではありませんが、朝もやの中の千波湖はとても懐かしく、いよいよスタートだなと思いました。

◆2日目:大間岬

水戸からずっと北上して、本州最北端の岬です。昭武一行は、当初青森から蒸気船に乗って函館へ向かうつもりでしたが、いい船がないので、大間岬まで歩くことにしたようです。私は下北駅からバスを使いましたが、それでも2時間近くかかる、なかなかの長旅でした。大間崎からは北海道の陸地が青くうっすらと見え、感慨深かったのを覚えていますす。ちなみに、昭武同様、これが私の北海道初上陸でした。

◆3日目:函館

当時箱館と称したこの港町は、旧幕府の人々にとっては苦く感じられる町でしょう。今なお語り継がれている五稜郭の戦いは、旧幕府軍の抗いの最期の幕でした。それでも昭武は、訪れたことのある香港と引き比べて、箱館を「良港」だと評価しています。

◆4日目:蕗の葉

昭武一行が踏破した北海道の山々を、私は楽して鉄道に乗っていきました。とても天気のいい日で、かたちのよい羊蹄山がよく見えました。そのうち、電車は山の中に分け入っていくのですが、そのときに鉄道のわきに大きな蕗の葉がたくさん生えているのを見て感動しました。昭武の記録では、雨が降ってきたとき、蕗の葉をとって傘にしたとあるからです。確かに、大人一人が入れそうな、大きな緑の葉がそろっていました。

◆5日目:天塩到達

札幌から水戸藩の領地・天塩までは、ひたすら路線バスで北上します。何時間かかったやら覚えていませんが、自然の合間合間に小さな町や民家がある様子は、日本よりむしろアメリカに近いなと感じました。昭武が来たころは、もっと何もなかったでしょう。

天塩にようやく着いたときは、達成感もありましたが、少し戸惑いもありました。きれいに区画された町や、海の様子や、初めて聞く地名などが、どこか外国じみていて、なんだか落ち着かなかったのです。昔住んでいたアメリカの町に戻ったようでした。でも、天塩川歴史資料館を訪れ、明治初期の地図に「水戸」の名前を見たとき、なんだか報われたような気がしたのを覚えています。

天塩の海は、私が眺めたときには穏やかで、太陽を美しく反射していました。

◆6日目:神威岩

昭武自身は見ていないかもしれませんが、別動隊が海路を使って移動したとき、眺めたと言われている奇岩です。私も小樽発新潟着の日本海フェリーに乗り、海路移動したので、この岩をフェリーのベランダから眺めました。海中から一本だけすらりと伸びている岩は、まるで何かの記念碑のようでした。源義経の中国への旅立ちの場所とも言われているようです。

◆7日目:松戸

本当の水戸藩の北海道視察時は、松戸には立ち寄っていませんが、ここは昭武が最後に住んだ土地なので、旅の締めくくりとして訪れました。実はこれ以前にも3、4回訪れているのですが、このときは旅の最期に昭武関連の史料を買えるだけ買うのも目的の一つでした。「この本棚の本全部ください」をやったのは、後にも先にもこの1度だけです。

こうして、大荷物を抱えて帰途に就きました。

 

いかがでしたか?

タイムトラベルだからと言って、あれこれ知識を詰め込んだり、関連の地をノルマのようにまわる必要は、私はないと思っています。大切なのは、知っているだけの情報で、その時代に思いを馳せること、しかしそのためには、やはりある程度の知識があった方が面白く、そして知識があると、訪れてみたいところが増えるというだけです。この旅行は、まるで誰かの加護があるかのように、不思議にお天気にも人との出会いにも恵まれて、本当に実りある旅でした。

コロナ禍の今は、なかなか旅行にも出にくいですが、いつかタイムトラベルを試してみたいと思う場所を探して準備しておくのも一興だと思います。私は、薩摩藩を調べに鹿児島を訪れてみるか、それとも戦艦大和の後をたどって、豊後水道へ見てみたいと考えています。 

 

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