夏川夕の作家生活

歴史と異文化をテーマに小説を書いています。出版賞に挑戦中。

「鬼」の英訳を考える

こんにちは。

夏川夕です。

 

昨日、語学オタクの友人と話していて、「鬼」の英訳について盛り上がりました。

私が思うに、「鬼」は日本特有の概念です。中国で「鬼」と言えば死んだ人の魂や幽霊を指すそうですが、日本の「鬼」は必ずしも命を落とした人ではありません。この「必ずしも」というのが厄介で、生きたまま鬼になった人もいれば、死んで鬼になった人もいるのです。つまり、「鬼」になるのには生死は関係ないのですね。

そんな「鬼」ですが、ブーム真っ最中の『鬼滅の刃』では、"demon"と訳されています。これは、いわゆる妖怪を英訳するときのお約束のようで、例えば様々な妖怪が登場する漫画・『犬夜叉』でも妖怪はすべて”demon”と訳されているのですね。

では”demon”というのは、なんでしょう? wikipediaを引いてみると、「悪を象徴する超越的存在」とあります。日本語では、「悪魔」と訳されます。つまり”demon”とは、悪を愛する悪の権化、要は「ワルモノ」ということです。

すると、「鬼」=”demon”=「ワルモノ」という図式が成り立ちます。なんとなくすっきりしないような、なんだか変な気がしませんか? それは、「鬼」はワルモノでないと、私たち日本人は感覚的に知っているからです。

「鬼」の描かれ方は様々です。わかりやすい対比に、『桃太郎』と『泣いた赤鬼』があります。『桃太郎』に登場する鬼は、退治されるべき存在として、わかりやすく「ワルモノ」の位置にいます。しかし『泣いた赤鬼』では、村人と仲良くしたい赤鬼と、その赤鬼の心を理解して自ら「ワルモノ」を演じる友人の鬼が書かれます。『桃太郎』と『泣いた赤鬼』、どちらの「鬼」も、私たちは違和感なく受け入れられますよね。しかし、「ワルモノ」でない『泣いた赤鬼』の鬼は、"demon"とは言えない存在です。

日本の「鬼」は、本来、人間とは別世界に生きる存在という概念です。別世界は山であったり海であったり、あるいは人の心であったり闇の中であったりします。「鬼」はどこからともなく生まれいづるものですが、人が強い情念を持つと、「鬼」に変化することもあります。反対に、「鬼」として生まれた者、あるいは「鬼」に変化した者が、仏教や愛の力を借りて、人に生まれ変わったり、あるいは成仏したりすることもあります。

つまり「鬼」とは「ワルモノ」として規定できるものではなく、常に周囲の環境や情念によって揺れ動く存在なのですね。こんなに不安定なものが、確固たる悪を掲げる"demon"であるはずがありません。

それでは、なんと訳せばいいか。件の友人との会話中では答えは出なかったのですが、一晩考えて、私は"creature"が適当なのではないかなと思いつきました。日本語で「クリーチャー」というと、なんだか醜い、おどろおどろしいエイリアンを連想しますが、本来"creature"とは、「生きもの」「架空の生きもの」などを指す非常に漠然とした言葉です。例えば"my dear creature"は「私の大事な生きもの」と訳せますが、これで自分の子供を指すことさえあります。

日本の「鬼」も、昔は「もの」と呼ばれていたという説があります。「もののあはれ」などと言いますが、この「もの」は漠然とした存在を指し、そのときどきで意味する範囲も対象も異なります。イメージとしては「闇にうごめく姿の見えないもの」、そのイメージを「隠」つまり「オンヌ」と呼び、やがて変化して「鬼」になったのです。「鬼」はそれくらい漠然として、かたちの不安定な存在なのです。

 

少し蛇足になりますが、"demon"という訳にも、一理ないことはありません。というのも、"demon"は本来、キリスト教でない宗教の神々であったという説があるからです。つまり、キリスト教から見ると、異教徒の神々は間違った神の教えを広める「ワルモノ」というわけで、本当の"demon"は悪どころか、かつては人々に崇められた善の神であったとも言われています。そのことを前提にすれば、「鬼」を"demon"と訳すのにも、清濁併せ持つ存在という意味で、筋は通っています。

 

とはいえ、"demon"の本当の出自はあやふやで、やはり「ワルモノ」という印象はぬぐえない以上、「鬼」の訳には向いていないのでは?と私は思います。

友人との会話では、いつか私の小説が英訳されたら……という話でも盛り上がりました。そのとき、「鬼」はぜひ、"creature"で訳していただこうと思います。

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鬼の顔は、怖いんですけれど、悲しそうなんです。「もののあはれ」とはこのことです。

 

夏川夕

 

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