夏川夕の作家生活

歴史と異文化をテーマに小説を書いています。出版賞に挑戦中。

物語に求めるもの。#このタグを見た人は好きな小説の一節をつぶやく

こんにちは。

夏川夕です。

 

Twitterで、#このタグを見た人は好きな小説の一節をつぶやく というのを見かけました。タグ検索をかけてみると、色とりどりの文章! 面白くて面白くて、いつまででもスクロールしてしまいます。

たくさんのつぶやきを読んでいて気づいたのは、必ずしも物語のクライマックスの一文や、名著の名文が書かれているわけではないということ。むしろ、比較的知られていない小説の、何気ない文章を書かれている方が多いように感じます。そのうえ、どれもたった140文字に収まっているはずなのに、つぶやかれているのは、景色の美しさ、心の寂しさ、人生の喜び、恋の切なさ、ちょっとハズした世の中の見方、キャラクターが喋る一言、日常のほんの一瞬の切り取り、等々、一つとして同じ視点・同じ世界観のものはありません。まるで、ハブ空港の真ん中に立って、目と耳とをじっと澄ませているようです。

私はと言えば、タグを見た瞬間、次の文章が浮かんできました。

日本旅館とビジネスホテルの奇妙な混淆物。地価の二十四時間大浴場と各階の和室改造様式個室と七階のスカイラウンジまたは宙空に 浮くガラス張りの安食堂。人々はスリッパ浴衣がけで、スカイラウンジのビニール張り安楽椅子に坐り、中華定食を食べる。

柴田翔『燕のいる風景』より

ぱっと読むと、ただの情景描写です。この文章の前に、主人公は「山間の地方都市の小ホテル」に泊まったとあり、そのホテルの描写です。たぶん、これを読んだだけでは、なぜこれが私の「好きな小説の一節」なのか、わからないのではないでしょうか。

私がこの文章を好きなのは、この文章が、まるでタイムカプセルのように、昭和後期の空気を伝えてくれるからです。『燕のいる風景』の奥付から見て、この文章が書かれたのは、遅くとも昭和58年です。つまり、当時の空気をそのままタイムカプセルに入れているわけです。

今でも地方に行くと、さびれた温泉街なんかに、引用文のような宿泊施設が残っていますよね。バブルの名残の、大きな、かつては賑わったであろう、今は古びた宿泊施設。その賑わっていたころの空気感を、著者はまるで未来から見ているように、現代の私たちが「昭和」という言葉で感じたい部分を的確に取り出して、文章にしているのです。今、令和の空気感を同じように文章にしろと言われても、どこをどう切り取ればよいのか私にはわからず、うまくはいかないでしょう。それを思うと、さらりと書いている著者の凄さ、そして文章を読んだ瞬間、新鮮に香るような昭和の空気のために、これは私の「好きな小説の一節」なのです。

つまり私は、物語を読むことで、「時の流れ」や「その時代の空気」を感じることを求めているのだなと思います。そう思ってタグを追っていくと、つぶやいている人が何を大事にしているのか、見えてくるような気がします。いわゆる名文はたいていの人の心に響くものですが、「私の好きな」と条件が付くと、きっとその人の世界観が、選ぶ文章にあらわれるのでしょう。言ってみれば、物語というのは、その人の世界観を映す鏡なのかもしれません。

私は今、時代小説を執筆中です。物語を書く人なら誰でもそうだと思いますが、私が書いているものは面白いんだろうかと、なんだか無為な作業をしているように思うこともよくあります。しかし、私の書いたものが、たとえ万人受けはしなくても、誰かの「好きな小説の一節」になれるかもしれない。あるいは「好きな小説」にはならなくとも、読んだ人の世界観が、私には思ってもみない形で映されるのかもしれない。そう思うと、出版するのがとても楽しみになります。

 

燕のいる風景 (新潮文庫)

燕のいる風景 (新潮文庫)

  • 作者:柴田 翔
  • 発売日: 1982/05/01
  • メディア: 文庫
 

 

夏川夕

 

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