夏川夕の作家生活

歴史と異文化をテーマに小説を書いています。出版賞に挑戦中。

【中間報告】2021年の4目標

こんにちは。

夏川夕です。

 

今年の松の内に、2021年の目標をこちらの記事で宣言(?)しました。

natsukawayu88.hatenablog.com

2021年も半ばに差し掛かった今、目標の達成度がどんな感じか、この記事で振り返ってみたいと思います。

 

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(1)電子書籍を出版する。

こちらはただいま据え置きです。

電子書籍で出版というのは今でも興味はあるんですが、出版は比較的簡単にできても、たくさんの人に読んでもらうのには相当のプロモーションが必要であることに、最近気がつきました。広告方法について個人で試行錯誤するのも、楽しい作業だと思います。しかしそれより先に、まず出版社の力を借りる=出版賞に挑戦する方が、<たくさんの人に読んでもらう>という目標を叶えるには、ひょっとしたら早道であり、堅実路線なのかもしれないと、この半年で考え方が変わってきています。

出版賞に応募して落選した作品を、改稿して電子書籍で出版、というのも考えていますが、落選した作品を出版するのもうーんという感じで、いま一つ一歩踏み出せません。いずれにしても、目標(2)を達成してからの話になりそうです。

 

(2)出版賞へ3作応募する。

6月9日現在、次の出版賞2点に応募しています。

小説すばる新人賞

電撃小説大賞

できればあと1~3作、今年に応募したいなと考えています。今、頭の中にある物語を、とにかくかたちにして挑戦してみたい。

私はどうもお話をつくりながら、「今書いている物語と念頭にある出版賞が合致するだろうか」と詮無いことを考えてしまうくせがあるので、「とにかくかたちにして」がポイントです。

応募ができたら、またブログで報告していきます(*^^*)

 

(3)3足の草鞋を1足にする。

3足の草鞋というのは、作家業、ライター業、アルバイトの3つのお仕事のことです。ライター業は2021年に入って以降、新しいお仕事は受け付けておらず、税金の諸々が終わったらライター用のアカウントは削除するつもりでいます。

(ちなみに個人的な体験ですが、クラウドソーシングの収入をお役所に報告するのは、少々面倒でした。個人情報を隠した金銭のやり取りが、税務手続きにおいてはあまり想定されていない感じです。私はそれほど多い収入ではなかったので比較的簡易な手続きで済みましたが、収入の多い人はどうやっているのだろうと不思議です。お役所が悪いわけでもないので、クラウドソーシングか税務手続きのどちらかもしくは両方が、皆が楽なように整備されるといいなと思います。)

アルバイトの方は、興味のある分野ということもあって仕事自体は楽しく、慣れてしまえば作家業と両立できそうなことがわかってきました。雇用主側の意向もあるので、続けられそうなら続けるし、無理そうなら辞める、くらいのつもりでいます。

最近、いくつかの仕事を組み合わせて収入を得る、という生き方に夫婦で興味を持っているので、そのセルフモデルケースになればいいなと思っています。

 

(4)読んだ本を記録する。

これはこのブログのトップ記事で続けています。現在58タイトル。

そのほか、研究書や実用書を実は結構読んでいます。何となく「読書している」のと「勉強している」のでは本への姿勢が違うので、「読書したなあ」と思ったときだけ記録しています。研究書や実用書は流し読み・拾い読みしていることもありますしね。

何にしても、今までこうして記録を取ったことがなかったので、見返してみると面白いです。学生時代は外国人作家のSF小説推理小説ばかり読んでいたものですが、今は圧倒的に日本人作家が多いですね。

最終的に何冊になるのか楽しみです。

 

2021年の4目標の達成度は、ちょうど50%というところです。残りの半年間、特に<物語をかたちにする>というところを強く意識して、過ごしていきます。

 

 

 

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”闇落ち”<火星シリーズ>。E.R.バロウズ『The Moon Maid』の感想&解説

こんにちは。

夏川夕です。

 

エドガー・ライス・バロウズの<月シリーズ>第1巻を読み終えました。バロウズは日本でも<火星シリーズ>、<ターザンシリーズ>、<ペルシダーシリーズ>などが有名ですが、この<月シリーズ>はネット上でもほとんど感想を見かけません。というのも日本語翻訳版が刊行されたのは随分昔で、そもそも今の日本では、書籍を手に入れること自体が難しくなっているからだと思います。私も日本語版は諦め、原書をKindleに落として英語で読みました(KindleWi-Fiが繋がってなくても、ワンタッチで辞書が使えて便利なんです)。

そんな苦労して読んだ<月シリーズ>ですが、期待していた物語の中身以上に、バロウズの思想みたいなものが強く見えて大変に面白かったので、ここにまとめておきたいと思います。この作品、感想をシェアすると、とても楽しめそうです。ネタバレもどんどんしていくので、まっさらな状態で読みたい方はご注意くださいね。ただ、<月シリーズ>の前には、<火星シリーズ>を読んでおくのを強くお勧めします。

 

 

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 バロウズの作風について

そもそもバロウズは、いわゆる冒険小説を得意とする作家です。舞台となる世界のエキゾチックな描写、美男子と美女のロマンス、それを邪魔する陰謀と、道を切り拓くチャンバラなどで、大衆を楽しませることを主眼においた娯楽小説。私が大好きな<火星シリーズ>が、その筆頭です。一方で、作品の文学的・社会的価値は、それほど重視していないように感じます。

よく言われていることですが、バロウズは物語の運びや舞台設定は非常に魅力的なのですが、キャラクターと単純な物語の起承転結は紋切り型です。

主人公はいつも、強い・優しい・イケメンの三拍子そろった好青年。どんな状況でも絶対に諦めず、最後には勝利を勝ち取ります。加えて色恋沙汰には鈍感で、ヒロインの気持ちどころか自分の気持ちにも物語終盤まで気づかないのもお約束。たいてい一度はヒロインを怒らせてまごまごします。

そんな主人公の相手を務めるヒロインは、いつも絶世の美女で、誇り高く、精神的に強くて貞淑バロウズの好みなのかエキゾチックの演出なのか、黒髪・黒目であることが多いです。また、ヒロインの出自(あるいは主人公の出自が謎に包まれている場合も)は王族であることも、ほぼパターンになっています。

ここまでで、物語の起承転結も何となく察しがつきますよね。異世界に放り出された主人公が、望まない結婚を迫られたり命の危機にあるヒロインを助けて恋に落ち、彼女を救うことが一つの国や、場合によっては異世界そのものを救うことに繋がって、最後は勝利・美女・地位と、すべてを手に入れて大団円です(もっとも、そういうシンプルな物語にいろいろなアレンジを加えて面白く書いているのがバロウズです。大好き)。

ところが<月シリーズ>は、このバロウズパターンの合わせ鏡と言うか、セルフアンチテーゼみたいなお話でした。娯楽を主眼に置いた<火星シリーズ>とは異なり、バロウズの思想も強く見えました。そこがすごく面白かったのです。

 

<月シリーズ>第1巻の物語

<月シリーズ>第1巻は、『The Moon Maid』というタイトルで、日本語では『月のプリンセス』などと訳されています。物語の運びは、一見典型的なバロウズパターンです。

主人公のジュリアンは、火星を目指して宇宙船で飛び立ちますが、事故によって月に墜落、月の地底世界に迷い込みます。その不思議な世界を探るうち、半獣半人族に捕らえられ、次いで大理石のような肌を持つ人型の月人、ナー・イー・ラーと出会います。ナー・イー・ラ―も半獣半人族に捕らえられているのですが、ジュリアンは彼女と共に逃げ、彼女の父が治める月の都市帝国・ライスへ赴きます。ところが、ライスでは玉座を狙う貴族、コー・ターが、かつてライスの人々から枝分かれしたカルカール人と組んで、クーデターを企てていたのです。

バロウズパターンに従うなら、ジュリアンがコー・タ―を倒し、ナー・イー・ラーと共に玉座について大団円です。ナー・イー・ラーの祖国ライスは、月世界で一番の文明国とされていますから、ライスの王になれば月世界を支配したも同然です。

ところが、『The Moon Maid』ではそうはなりませんでした。その理由は、ひとえにジュリアンのライバルとされる、オーシスの存在です。オーシスはジュリアンと共に半獣半人族に捕らえられるのですが、ジュリアンとは異なり、半獣半人族と友情らしきものを結びます。そして、彼もまたナー・イー・ラーに恋するのですが、ナー・イー・ラーは彼を拒みます。というのも、オーシスはちょっとイヤな奴というか、粗暴で卑劣な側面があることがたびたび描かれているからですね。

ジュリアンとナー・イー・ラーが半獣半人族の元を逃げ出した後、オーシスはしばらく物語に登場しません。彼が再びあらわれるのは物語終盤、コー・タ―の陰謀をジュリアンが打ち砕いた直後です。彼はたくさんのカルカール人を従え、地球の知識でつくった爆撃機や手榴弾などを駆使して、ライスの町を破壊します。彼が望むのはナー・イー・ラーと結婚し、月の世界の皇帝になることです。

オーシスの猛攻にライスの人々は絶望し、次々に自ら命を絶ってしまいます。ジュリアンは滅びるライスを背にし、唯一生き残ったナー・イー・ラーを連れて、当てもなく落ち延びてゆきます。その後はジュリアンにとって幸いが重なり、ナー・イー・ラーを連れて地球に帰還し、物語は幕を閉じます。

 

『The Moon Maid』は"闇落ち"<火星シリーズ>

この物語の展開は、バロウズらしからぬようでいて、実はとってもバロウズらしい運び方です。注目すべきは主人公のジュリアンではなく、ライバルのオーシス。オーシスがやっていることは、<火星シリーズ>の主人公、ジョン・カーターがやったことと全く同じなんです。

ジョン・カーターは、火星に降り立った当初、緑色人と呼ばれる四本腕の巨体を持つ部族の間で暮らし、その族長のタルス・タルカスと友情を結びます。ジョンはある日、地球人と全く同じ姿をした美女、デジャー・ソリスが、緑色人に捕らわれるところを見ます。デジャー・ソリスは赤色人と呼ばれる人型の火星人で、都市帝国・ヘリウムの王女でした。ジョンは彼女を祖国へ送り届けようとしますが、ヘリウムは赤色人が治めるゾダンガという国と交戦中で、ゾダンガの王子にデジャー・ソリスを奪われてしまいます。ジョンはゾダンガの王子とデジャー・ソリスの結婚式に、タルス・タルカス率いる緑色人を連れて乗り込み、ゾダンガの町を破壊して、デジャー・ソリスを奪い返します。ジョンはデジャー・ソリスを救い、緑色人との稀有な友情を結んだ英雄としてヘリウムに迎えられ、王族の一員となるのです。

ね? オーシスが月の帝国・ライスにしたことは、ジョン・カーターがゾダンガにしたこととほぼ同じではありませんか。その世界の王女に恋人と認められたジョン・カーターは英雄であり、認められなかったオーシスは卑劣漢というだけです。

この鏡合わせの構造は、物語にはよく使われる手法ではありますが、私個人としては<火星シリーズ>を長らく愛してきただけに、オーシスがライスに乗り込んでくるところは、特別な感慨を抱きました。しかもオーシスは、「私は皇帝の中の皇帝、オー・ティスである!」などと月世界風の名を名乗っちゃっているので、こういうところも、「私は生まれは地球だが、本来火星人である」と自負しているジョン・カーターと同じだなあと、妙に愛着も湧いてきます。ジョン・カーターもまた、火星風の名を持ち、火星の王族たちによって「王者の中の王者」の称号を与えられた人物です。オーシスのキャラクター造形に対するバロウズの意図が、はっきりと見えますね。

つまりオーシスはまさに、バロウズ的英雄の"闇落ち"を体現したようなキャラクターであり、『The Moon Maid』はジョン・カーターの英雄譚をさかさまにした物語というわけです。オーシスとジュリアンを月世界へ運ぶ船の名前が、火星語で「火星」を意味する「バルスーム」であることが、とても暗示的ですね。

 

そして社会派(?)の側面も

もう一つ、<月シリーズ>で特徴的なのは、単なる娯楽小説に収まらず、バロウズの思想が強く見えていることです。『The Moon Maid』が書かれたのは1926年ですが、1922年にソビエト連邦が誕生し、資本主義対共産主義の目に見えない戦争が起き始めていたころです。この反共産主義については、多分第2巻以降により強く表れてくると思うのでここでは突っ込みませんが、一つだけ『The Moon Maid』でも、バロウズの思想主張らしいシーンがあったのでご紹介します。それは、ライスの人々と枝分かれした過去があり、物語終盤ではオーシスに率いられてライスの都市を破壊した、カルカール人の成り立ちについてです。ジュリアンにそれを話してくれたライスの男性、モー・ゴーの言葉を抄訳します。

「カルカール人は、もともと”考える人々”と名乗っていた。昔、カルカール人とライス人は一つで、世界は10に区分されてそれぞれに王を戴いていた。世界はとても栄えていて、都市や村がすみずみに広がり、船や電車や飛行機が各町を結んでいた。電話(電信?)もあった。富裕層と貧困層はあったが、福祉は平等で、教育を受ける機会は子供たち全員にあった。しかし、"無教育の方が少しばかりの教育よりもいい"という者たちもいた。歴史に照らしてみれば、僕もその方が良かったと思う。

 "少しばかりの教育を受けた者"が社会の大半を占めたとき、彼らは仲間内で、よりよい教育を受けた者たちの失敗を見つけることを始めた。そのうちそれは社会的組織になって、"考える人々"と呼ばれ始めた。"考える人々"は、考えているより喋っている方が多いのだけれど、彼ら自身は考えていると思っていた。長い時間をかけて、"考える人々"は不満を持った人々でいっぱいになり、とうとう政府を倒して、自分たちで社会を統治し始めた。王たちは追われ、支配層の多くは殺された。支配層の一部はライスの都市をつくり、そこに逃げ込んだ。"考える人々"は働かないし、何か新しく生み出すための訓練や知識の発展もしない。古いものを持ち続けることもしない。その結果、文化も科学も、政府や経済と一緒に潰えた。カルカール人は書物も記録もすべて破壊してしまったので、ライスに残った知識をもってしても、元の文化を取り戻すことはできないんだ」

この話を聞いて、ジュリアンは「絶望だ」とコメントしています。私もそう思います。

でも何より怖いのは、この物語が、単なる空想世界のお話でも、歴史の過去の出来事でもなく、ごく身近にあるように思えることです。そう思うのは、私だけでしょうか。

 

 

<月シリーズ>は、あと2冊あります。最終巻にはニッポン人が出るようで、それがとても楽しみです。原書で頑張って読み通します。

日本語の感想があまり見当たらないシリーズですから、この記事が誰かの参考になれば嬉しいです。

 

 

 

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3つの公募に挑戦して、思ったこと。これからの作家生活。

こんにちは。

夏川夕です。

 

小説公募のためにブログお休みします宣言してから、ちょうど3か月が経ちました。2月の時点では、5月末までに3つの賞に応募する予定でした。現在の公募実情は、こんな感じです。

小説すばる新人賞 ←応募済。

電撃小説大賞 ←応募済。

このミステリーがすごい!大賞 ←未応募。

まだ3つめの「このミステリーがすごい!大賞」が未応募です。ここ数日間、この賞への応募について悩んでいました。

3つの賞に挑戦してみて改めて思ったのは、賞をとるのって大変で凄いことなんだなーということです。何が大変って、小説を商品化できるレベルで書き上げることは大前提で、それより先に、数ある公募の中から、自分の作品が戦えそうな賞を見極めて、その応募要項・〆切を厳守するというハードルがあること。このハードルを越えるのには、タイミングやちょっとした運も必要で、「応募してみたい! →頑張る! →できた!」という単純な図式は成り立たないんだなあと痛感しています。

未応募となっている「このミステリーがすごい!大賞」。これは、第一回受賞作の『四日間の奇蹟』が学生のころ大好きだったこともあって、私の憧れの賞なんですね。だから獲得したいという思いもひと際強い賞でした。「ミステリー」という名前を冠してはいますが、ミステリーのジャンルにはまりきらない小説が受賞したことも何度かあり、私が得意な時代小説や伝奇小説でも、ミステリー要素を足せばいけるのではないかと考えていました。

ところが、私にとって「ミステリー」というのはどうやら荷が重すぎたようで(それとも賞そのものに憧れすぎているのかも)、最近は執筆中、常に「この展開はこの賞にふさわしいのか」と自問自答を繰り返し、もっとちゃんと書かなきゃ、ミステリーしなきゃと考え込んでしまっていました。そうなると、本来小説を書くのは苦しくも楽しい時間であるはずなんですが、苦しさばかり際立ってしまって。

結局「この賞をとる」ことが先に立って、「ミステリー」というジャンルに無理やり自分の物語を当てはめようとしていたんですね。そりゃ苦しくて当然です。そのことに、やっと気づきました。

ですから、方針を意識的に変えることにします。

この3か月間、私の第一目標は、「とにかく賞の応募要項に沿った作品を書いて応募する」でした。でも、賞に作品を当てはめるのではなく、「書きたい物語を<楽しく>書く」を第一目標にして、できあがった物語に合いそうな賞に応募してみたいと思います。<楽しく>が肝です。執筆を始めると、ほかにやりたい勉強や遊びを我慢するのが当たり前になっていたのですが、そういうのも我慢しないと決めました。

今回の「このミステリーがすごい!大賞」は見送りますが、既にいくつか、このお話を書くならこの賞に送ってみたいな、というのをピックアップしています。執筆状況と合わせて、またブログやTwitterでお知らせしていきますね。ブログも、ゆっくり更新を再開していきます。

今日から、新しい「作家生活」を始めます。よろしくお願いします*^^*

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5年前の読書記録、5冊分

こんにちは。

夏川夕です。

 

先日、小説すばる新人賞電撃小説大賞に無事応募が済み、ちょっと生活が落ち着いています。落ち着きついでに昔の反故紙など整理していたら、読書感想メモが5枚だけ出てきました。日付から見るに、5年前のものです。5枚だけ取っておくにも置き場がないのですが、結構しっかり書いていてそのまま捨ててしまうには惜しいので、このブログに書き写しておきます。5年前と言えば、まだ夫とも出会っておらず、前の仕事をしていたころです。めちゃくちゃに忙しい生活だったので、吐き出し場として読書記録をつけてみたけれど、結局忙しすぎてつけられなくなった、というところでしょうか。当時から「小説を書く」という目線で感想を書いています。どうぞご笑覧ください。

 

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井上靖あすなろ物語

母が好きな話。初めて読んだ。井上靖著ということに気づかず、『しろばんば』に似ていると思ったら本人だった。このタイミングで読めて本当に良かった。田舎の少年の狭い世界から大人になるにつれてだんだん広がる世界・交遊・考え方。気づいたとき、少年一人の将来にかかる翌檜から日本国のあすなろに変化していくところ、自然の成長がある。土蔵から始まり闇市の十字路で人と別れるのも哀愁が漂う。私もいつかこういうものを書きたい。人物との触れ合いは小説と現実の間でうまくバランスをとっている。どの人物も深く描かれているわけでなく鮎太に触れた分しか書いていないのに、去り際がとても印象的。「生きている」人として描かれていることと、現実に即してはいるけれど、読者の想像を超えた去り方をしているためだろう。主題が「克己」かと思っていたら一人の男性の半生物語であったこと、少し戸惑いはあるが、短編でいくつものリアルな人生を見たような心地よい読後感だった。

 

遠藤周作『わたしが・棄てた・女』

5年ぶりくらいに読了。「あの女を僕は今聖女だと思っている」。この言葉の意味が本当によくわかった気がする。解説にこうある。<その凡庸な、そして私たちと同じ弱さをもった男がこの小説の終りの頁をめくり終わった時、いつか私たちの及ばぬ地点に人生の崇高な部分を歩いていることに気がつく>。これは作者の目指したミツの聖化のみならず、すべての面白い物語の主人公に通じるものだと思う。人間の救いはエゴから脱出するところにあるという。ミツはそうだ。では、主人公が誰かのために、あるいは大衆のために自己を犠牲にしたら、それは面白いだろうか。ミツをライ病と誤診させた手首のアザが、聖痕であることに初めて気付いた。また、戦後すぐの文化・風俗がよく描かれていて興味深い。

 

谷崎潤一郎『蓼喰う虫』

大正・昭和初期の富裕な生活感が出ていてとても面白い。老人の生活は、日本人の憧れだろうと思う。こまごましたものにあふれていて、それら1つ1つに、蚊を追ったり香を楽しんだり、意味があることがいい。でもそうしたものばかりが印象に残って、物語の筋はぼんやりしているように感じられる。当時の批評に、海藻が妖しく交錯する海底の世界を覗く思いとあるらしいが、本当にそのとおりで、大人の世界の話なのに、舞台はおとぎ話のようだ。ただ解説にあるように「一度来て再び見ることがない場所」をあらわすのにはとても良い手法だと思う。こういった文章を書いてみたいが、素養がないからなかなか難しいだろう。舞台は美しい物語だが、それと反対に役者はやはりはっきりしない。彼らも舞台装置のようだ。

 

アレクサンドル・デュマモンテ・クリスト伯

待て、而して希望せよ!1か月かけて読了。フランス文学だが『レ・ミゼラブル』ほど立ち止まらずに読み通した。書かれたのは1844~1846だが、デュマは映画好きだったのではないかと勘違いするほど、描写が映像的。エデの父が殺されるところ、ダンテスがモレル家に正体を明かして涙ぐむところは、脳裏に映像が流れた。カタルシスは幾度もあるが、中でもメルセデスがダンテスの父の家の窓から息子の船を見送るところは、彼女の人生を暗示してすばらしい。彼女はずっと待つ女で、ダンテスの「いずれまた」で希望を与えられたが、多分それは叶わない。アルベールもいずれアルジェリアで死ぬのではと思う。物語の後半、ダンテスの一人勝ちなのに嫌味がないのは、彼がアルベールのために計画を変更し、シャトー・ディフの地下牢で苦悩する場面があるからだろう。自分が神の使いでないと悟る姿は人間的だ。長い物語だがもう一度読みたいと思った。

 

夏目漱石三四郎

12年越しに読了。ストレイシープの意が最後までよくわからなかった。人生がまだ決まっていない若者のことか?美禰子の登場シーンはとても画になり印象に残る。日のあたる方を向いていることがとてもいい。それが広田先生の夢に見た森の女・初恋の女につながる。広田先生は美禰子の気持ちを知っていたのだろうか?一番うまいと思ったのは広田先生の哲学の煙が、先生の気分をあらわすという与次郎の説。三四郎はその煙で先生の与次郎に対する気分をうかがおうとするが、先生の吹く煙はみなあらゆる気分をあらわす資格をそなえていて、判然としないというところだ。人間をあらわしていて面白い。終わり方はどうも駆け足だが、結局金でつながれていた2人の関係は、教会の前で断ち切れるところに意があると感じた。しかし美禰子の気持ちが最後までわからない。明治の女ということだろうか。

 

 

 

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エンターテインメント小説ってなあに? 公募用小説の悩み

こんにちは。

夏川夕です。

 

ブログお休み宣言中ですが、ちょっと考えたことがあり、書いておこうと思って戻ってきました。

ずばり、エンターテインメント小説の定義って、何でしょうか?

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私は今、公募用の小説を書いています。公募用に、ということは、応募する賞の募集要項に沿っていないと当然ダメなわけです。ところが募集要項って、どこの出版社も、枚数や体裁はかなりきっちり定められているのですが、ジャンルの方はわりにざっくりしているのです。「推理小説」とか「歴史小説」などといった、ジャンルを特定した賞でなければ、「エンターテインメント小説」という言葉が一番よく使われているように思います。

今月末に応募締め切りとなっている、「小説すばる新人賞」も「エンターテインメント小説」を募集しています。「ジャンル不問」とはありますが、これは「エンターテインメント小説」の範囲の中で、「恋愛小説」でも「ファンタジー小説」でもいいよ、という意味に私は解釈しています。

この「エンターテインメント小説」の範疇に、どうも私が今書いている小説は含まれないのではないかと、ここ数週間、私はずっと悩んでいました。

私が今書いている小説は、太平洋戦争を舞台にした青春ものです。帝国主義の中で育った青年の、戦争の中でもきらめく若さと成長、挫折といったものがテーマです。私は楽しんで書いていますが、しかしこれってエンタメでしょうか? 「面白い」かもしれないけれど、エンタメではないような。考えれば考えるほど、なんだかぼんやり、違う気がしてならなかったのです。

 

ものごとの定義をするときには、その反対は何かを考えてみるといいそうです。

「エンターテインメント小説」の反対って何でしょう? 我が家の本棚で、考えてみました。

 

シャーロック・ホームズの冒険』→エンタメ小説

『氷点』→何か違う

火星のプリンセス』→エンタメ小説

痴人の愛』→エンタメ小説?

『斜陽』→何か違う

秒速5センチメートル』→何か違う

平家物語』→エンタメ小説

あしながおじさん』→エンタメ小説

 

 

人によって解釈は異なるだろうなあとは思いますが、私はこんなふうに感じています。

「エンタメ小説」と断じられるものと、「何か違う」もの、この2つの違いは何でしょう。一晩考えて、次のようなことではないかと思い当たりました。

つまり、「エンタメ小説」は、物語の起伏やキャラクターの魅力によって、読者を楽しませることを第一義に置いている小説であり、翻って「何か違う」ものは、作者が書きたいテーマを軸に物語を構成し、読者がそれを楽しむかどうかは相性に任せている、いわば「テーマ小説」とでもラベリングできるものなのではないでしょうか。

もちろん、「エンタメ小説」と「テーマ小説」は共存できるカテゴリですし、そういうお話も世の中には溢れています。当然、そのどちらにも属さない小説もあるでしょう。

しかし、私が書いている太平洋戦争ものは、物語の起伏に重きを置くものではなく、どちらかといえば淡々と戦争が経過する中での、楽しみや挫折を描こうと思っているものです。つまり「テーマ小説」であり、「エンタメ小説」ではありません。と、断言できてしまえます。

引っかかっていたのはこういうことだったのです。ああすっきりした。

 

「エンターテインメント小説」とは、とずいぶん長く悩んでいましたが、反対語が「テーマ小説」である、と思い決めてからは、かなり楽になりました。この考え方、いろんな出版賞に応用できそうです。せっかく応募するのであれば、少しでも相性が合う賞(ちょっと洒落っぽくないですか?)に提出したいですものね。

小説すばる新人賞」については、「エンタメ小説」でない、と自ら断じたものを、「エンターテインメント小説」を募集している賞には提出できません。土壇場ながら、太平洋戦争ものは別の賞に応募することに決め、「小説すばる新人賞」の方は、去年書き上げた伝奇ものを、鬼推敲して応募することにしました。こちらは「エンタメ小説」だと断言できます。

そんなわけで、公募生活は2か月ほど延びる見込みです。引き続き、頑張ります!

 

 

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